東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1112号 判決 1969年1月31日
原告
早乙女照雄
被告
国際都市交通株式会社
主文
被告は原告に対し一五八万五五九二円および右金員に対する昭和四三年二月一六日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告の被告に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、請求の趣旨
(一) 被告は、原告に対し四三九万二三八八円および右金員に対する昭和四三年二月一六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求の原因
(一) (事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四一年五月二日午後一一時二〇分頃
(二) 発生地 東京都新宿区西大久保一丁目四三番地先路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(練馬五き三七―三一号)
運転者 瀬戸恒雄
(四) 被害車 普通乗用自動車(多摩二六―三〇号)
運転車 原告
被害者 原告
(五) 態様 加害車が被害車に追突したものである。
(六) 結果 原告は鞭打ち症の傷害を受けた。
(二) (責任原因)
被告は、次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(1) 原告と被告との間には、昭和四二年三月一七日左記内容の示談が成立したが、示談成立後に前記鞭打ち症にもとづく後遺症が発生したものである。
(イ) 被告は、原告に対し、治療費、休業補償、慰謝料および諸雑費として、一二三万六六七八円を支払うこと。
(ロ) 但し、後遺症が発生した場合には、被告は、原告に対し、これにもとづく損害のすべてを賠償すること。
(2) 仮に、右示談内容(ロ)が認められないとしても、原告は、前記鞭打ち症が全快したものとして、右示談契約を締結したものである。しかし、事実はこれと異なつていたのであるから、原告の意思表示にはその主要な部分につき錯誤があつたものといわざるを得ない。従つて、右示談契約は、要素に錯誤があるものとして無効であるというべきである。
ところで、被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。
(三) (損害ならびに損害の填補)
(1) 昭和四二年三月一七日までに発生した損害は、次のとおりである。
(イ) 治療費 二八万〇六一〇円
(ロ) 休業補償 八二万五〇〇〇円
(ハ) 雑費および慰謝料 一三万一〇六八円
(ニ) 原告は、被告から右損害の合計一二三万六六七八円の支払を受けている。
(2) 昭和四二年三月一八日以降に発生した損害は、次のとおりである。
(イ) 治療費、通院交通費
昭和大学病院における治療費 一万六九四〇円
同病院までの通院交通費 四六二〇円
中村外科病院における治療費 二万六〇二八円
同病院までの通院交通費 一万九八〇〇円
(ロ) 逸失利益 三〇〇万円
原告は、本件事故当時、あづま交通株式会社に自動車運転者として、勤務していたところ、後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失し、その額は四〇二万四八二八円と算定されるが、右金額のうち、三〇〇万円を請求する。
(事故時) 四四才
(稼働可能年数) 一九年
(労働能力低下の存すべき期間) 一九年
(収益) 七万五二一二円
(労働能力喪失率) 三四パーセント
(右喪失率による毎月の損失額) 二万五五七二円
(年五分の中間利息控除) 四〇二万四八二八円
(ハ) 慰謝料 一〇〇万円
原告の本件傷害による精神的損害を慰謝すべき額は、原告の後遺症として、首筋、左腕および肘、足のしびれ、頭痛、耳鳴り、めまい、吐き気、食欲不振、性欲減退などが認められる事情に鑑み一〇〇万円が相当である。
(ニ) 損害の填補 一三万円
原告は、自賠責保険から後遺症補障として既に一三万円の支払いを受け、これを慰謝料に充当した。
(ホ) 弁護士費用 四五万五〇〇円
原告は、被告に対し右損害の賠償を請求しうるものであるところ、被告がその任意の弁済に応じないので、弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で、手数料および成功報酬として四五万五〇〇円を支払うことを約した。
(四) (結論)
よつて、原告は被告に対し、四三九万二三八八円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月一六日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する被告の答弁ならびに抗弁
(一) 第一項は認める。
第二項のうち、原告と被告との間に原告主張の日に、治療費、休業補償、慰藉料および諸雑費として一二三万六六七八円を支払うという内容の示談が成立したこと、被告が加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。
第三項のうち(1)は認めるが(2)は争う。
(二) 示談成立
原告と被告との間には、昭和四二年三月一七日左記内容の示談が成立し、左記金額が被告から原告に支払われているから、本件請求は失当である。
(イ) 被告は、原告に対し、治療費、休業補償、慰謝料および諸雑費として、一二三万六六七八円を支払うこと。
(ロ) 後遺症が発生した場合には、被告は原告に対しその治療費を支払うこと。
第三、当事者双方の提出、援用した証拠〔略〕
理由
一、(事故の発生)
請求の原因第一項の事実(事故の発生)については、当事者間に争いがない。
二、(責任原因)
(一) 原告と被告との間に、昭和四二年三月一七日被告が原告に対し治療費、休業補償、慰謝料および諸雑費として一二三万六六七八円を支払うという内容の示談が成立したことは、当事者間に争いがない。
原告は、右示談契約の内容として、後遺症が発生した場合には、被告は原告に対しこれにもとづく損害のすべてを賠償するという約束があつたと主張する。〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時、あづま交通株式会社に自動車運転者として勤務していたところ、本件事故により鞭打ち症の傷害を受け、昭和四一年五月三日より同年六月六日まで中村外科医院に入院加療したが、頭痛、めまい、吐気などの症状を覚えたので、引き続き、毎月四、五回ないし一二、三回の割合で通院加療を続けたこと、そして、昭和四二年二月頃に至り、原告は右症状が相当軽減したように思えたので、中村暁史医師とも相談した結果自動車運転者として稼働を始めるに至つたので、被告との間で示談交渉をすることにしたこと、しかし、示談するに先立ち、原告は右中村医師から後遺症が残るかどうかは必ずしも明らかでないから、後遺症が発生した場合の損害賠償請求権を留保して示談するように勧められたので、これに従つて、交渉を進めた結果、昭和四二年三月一七日前記内容のほか、後遺症が認められた場合には、被告が治療費を支払うという約定の示談契約が成立したが、その後、原告が後遺症により事故前と同様に自動車運転者として稼働することができなくなつた場合に原告の受ける損害の補償については、被告との間で、必ずしも明確な約束が成立するに至らなかつたことを認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
そうだとすると、右示談契約にもとづく本件の損害賠償請求権のうち、昭和四二年三月一七日までに発生した治療費、休業補償、慰謝料および諸雑費、昭和四二年三月一八日以降に発生した治療費については、理由があるが、その他の損害賠償の請求は理由がないというほかはない。
(二) しかし、被告が加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがないから、被告は、特段の免責事由を主張しない限り、自賠法三条の規定により原告の受けた損害を賠償する責任を免がれない。
被告は、免責事由として、示談契約成立の抗弁を主張するが、先に認定したとおり、後遺症が発生した場合の逸失利益、慰謝料の損害賠償請求権については、ふれられていないから、右示談契約の存在は、原告の右請求を左右するものではない。
三、(損害)
(一) 昭和四二年三月一七日までに発生した損害
原告が治療費、休業補償、慰謝料および雑費として合計一二三万六六七八円の損害を受け、被告から右金額の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
(二) 昭和四二年三月一八日以降に発生した損害
(1) 治療費、通院交通費
〔証拠略〕によれば、原告は、本件受傷により昭和大学病院における治療費として一万六九四〇円、同病院までの通院費として四六二〇円、中村外科医院における治療費として二万六〇二八円、同医院までの通院交通費として一万九八〇〇円の支出を余儀なくされたことを認めることができるから、原告は同額の損害を受けたものということができる。
(2) 逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告は、被告との間で昭和四二年三月一七日前記のとおり示談契約を締結したが、同年七月に至り、原告の症状は予想に反していつこうに好転せず、頭痛、めまい、手のしびれなどを覚えるのがひどくなり、出勤して、自動車運転者として稼働しても、事故前と同程度の勤務に耐えることが困難となり、引き続き、従前と同様に通院加療を続けたが、右症状が将来において完全治癒するかどうかは、明らかでなく、ついに昭和四三年四月勤務先のあづま交通株式会社を退職するに至つたこと、そして、原告は、本件事故当時、四四才で一カ月平均七万五二一二円の収入を得ていたことを認めることができる。
右認定事実によれば、原告は、前記後遺障害により稼働能力の一部喪失をきたすことは明らかであるが、その喪失率を決定するにあたり、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表および労働基準局通達別表労働能力喪失表を基準として、労働能力の喪失の程度を定めるのが相当であるところ、原告の後遺症は、右別表第二のうち、第一二級にあたり、(証人中村暁史医師は一二、一三級、証人黒木良克医師は一一級と各証言している。)労働能力喪失率は一四パーセントとするのが相当である。そこで、原告の労働力の減損度は、爾後少くとも一〇年間一四パーセントを下らない労働能力の低下を余儀なくされたものと推認される。従つて、原告は、前記収入の一〇年分の一〇〇分の一四にあたる利益を本件事故により失つたもので、年五分の中間利息を控除した九九万八二〇四円の損害を受けたものということができる。
(3) 慰謝料
原告の後遺症は先に認定したとおりであるが、原告がこれにより精神的苦痛を受けたことは容易に推認されるところ、その慰謝料としては、五〇万円が相当である。
(4) 損害の填補
原告が自賠責保険から後遺症補償として一三万を受領し、これを慰謝料に充当したことは、当事者間に争いがないから、右金額を原告の損害額から控除すべきは当然である。
(5) 弁護士費用
〔証拠略〕によれば、原告は、被告に対し右損害の賠償を請求しうるものであるところ、被告がその任意の弁済に応じないので、弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、東京弁護士会所定の報酬範囲内で、手数料および成功報酬として四五万五〇〇〇円を支払うことを約したことを認めることができる。そうだとすれば、本訴認容金額の一割にあたる一五万円を被告に負担させるのを相当とする。
四、(結論)
よつて、原告は、被告に対し一五八万五五九二円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月一六日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 福永政彦)